清志郎とイメージ

仕事に関する考察

アコースティックでライブをやってると、ちょいちょい言われるのが「キヨシローみたい! モロ清志郎ですね!」って感想です。

えぇ好きですよ、とてもとても。が、しかしRCサクセションの曲をバンドでやってたのは高校生の間に2年間くらい、人前で歌ったのはせいぜい4,5回でしょうか。

まぁ50歳過ぎても言われるのは少々アレですけどね。

で、これがRCサクセション大好き、キヨシロー大好きなバンドマンの方々には、そういうふうにはめったに言われないんですよ。歌い回しに影響出てるね、とか、清志郎好きそうだね、とかたまに言われる程度です。

つまり何が言いたいかと言うと、多くの人がなんとなく知ってる清志郎のイメージがあって、そのイメージは極めて象徴的ではあるけどほんの一面だってことですよ。だから自分でもRCの曲を演奏したりガッツリよく見聴きしてる人にはテイストは感じられても別物であると思えるわけで。

きっと「オイラ○○だぜ」って言いまわしとか過激な発言とかステージ飛び回るとか、それぐらいの認識で清志郎を捉えてるってだけで、それがまぁイメージってことんだと思うわけです。

そのごく表面的な一部のイメージを捉えているところで、これまた石川橋万太郎(これボクのバンド)の似たような一面だけを合致させて「一緒じゃーん」となってしまうわけです。

お米の上に刺し身が乗ってればお寿司です、みたいな外国人やチビッコの認識に近い気がします。

決して批判してるわけでも見下してるわけでもない、自分のテリトリー外のことについては誰でもその程度ってことだと思います。

広告を作る、なんてことはそのあたりを常に意識してなきゃダメだなって話です。わかる人だけわかればいい、では不特定多数の人々にアピールできないですよね。もちろん分野や戦術みたいなこともあるんでアレですけど。

まぁ最終的な話として、石川橋万太郎を見て清志郎みたい、っつってる人はキヨシローへの理解が足りないのと万太郎への理解も足りないっつーことです、でへへ。でもなんでもいいので喜んでくれるんならどんな声援もありがたく受け止めてますよ、ぐふ。

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